南アフリカ共和国のHIV/AIDS拡大はアパルト政権に於ける最悪の過ち!

アパルト政権

何故、南アフリカ共和国が世界一のHIV/AIDS大国なのか

何故、南アフリカ共和国のHIV/AIDS感染者が世界一になってしまったのか、なぜここまで感染率が高いのか、多くの要因がHIV/AIDSの広がりに関与していると考えられます。貧困、不平等、社会的不安定、女性の弱い立場、性的暴行、季節労働者や移住労働者などによる現地アフリカ人女性への性的接触行為など感染源となっています。

南アフリカ共和国HIV感染の初期段階は1982年の2人の白人同性愛者の男性がHIV/AIDSと診断されたことから始まります。この2人は航空会社で働く客室乗務員で仕事でアメリカを訪れていました。南アフリカ最大都市ジョハネスバーグで250人の同性愛者から採取した血液サンプルを調べてみるとそのうちの32人(約12.8%)の男性はHIVに感染していたとの調査報告があります。その約半数は1年以内に20人もの異なる性的パートナーがいたとされます。

アパルト政権の最悪の過ち

マンデラ当時のアパルトヘイト政府はHIVの初期感染は同性愛者からの広まりと知りながら措置を怠ったことに原因があり、故・ネルソンマンデラ氏は後に、これはアパルト政権の最悪の過ちとして挙げています。

黒人が初めてHIV/AIDSと診断されたのは1987年のことです。特に高い有病率を持つマラウイから出稼ぎに来た鉱山労働者がHIV/AIDSの流行をもたらしました。この労働者たちはHIVに感染しながらも現地のアフリカ人女性と頻繁に接触しHIVウィルスが国中に蔓延したとされています。

1990年代のHIVの流行は広い大陸間と関連がありました。特に発症率が高い地域はスワジランドとモザンビークを通過するトラックのルートに関係していました。これは長距離トラックのドライバーがこの地域を訪れ、その際女性と性的接触をもち感染が広がったものとみられます。

女性の低い立場から男性にコンドームを装着するよう求めることができなかったのです。現在も状況は変わらず更に感染が広がる原因となっています。1991年までは同性愛者に起因して感染するケースが多かったのが、これ以降異性間に起因して感染するケースが優位になりました。

HIVの蔓延に陰謀説や根拠のない政治的、人種的な動機づけ

1980年代後半と90年代前半はHIV/AIDSの感染防止が国の最重要課題となりました。しかし、荒れ狂う政治情勢に多くの組織グループはHIVの蔓延に陰謀説や根拠のない政治的、人種的な動機づけをし、国民に誤解を招く情報を流し不安を与えました。

ANC(アフリカ民族会議)公式出版物のなかでは警察の使用する催涙ガスによって、またはHIVウィルスが研究室で開発されていることやANCの協力によって黒人売春婦が意図的に感染を広めているなど書かれています。

HIV/AIDS撲滅に必要な事

生活水準が低く、学校に通えない子供たちがHIV/AIDSに関する正しい知識を身につけることができないうえ、その子供たちの両親もHIVに感染し死亡するため教育できる大人がいないという悲しい現実に直面しています。

HIV/AIDSの感染拡大は”アパルト政権の最悪の過ち”と言われるが、南アフリカ共和国の社会的不安定性や習慣、考え方なども大きな要因と考えられます。HIV/AIDSを完全に抑え込むためにはHIVに対する知識や政策だけではなくこの様な貧困、不平等、女性の弱い立場、性的暴行などの社会的不安定性や習慣、考え方なども変えて行かなければ本当の意味でHIV/AIDS撲滅はあり得ないでしょう。

南アフリカ共和国 在住記者より

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